続: ぼくの一時保存

主に読書ブログ。たまに頭からはみ出したものをメモ。

自閉症だったわたしへ ドナ・ウィリアムズ(河野万里子訳)

 

 

 精神と、身体と、情緒。人間はこの3つのシステムから成り立っているのだと思う。

 

 そして自閉症は、情緒を操っている何らかのメカニズムがうまく働かず、比較的正常な身体と、正常な精神にも関わらず、深みを伴った情緒を表現することが出来ないのである。ーーー自閉症について、著者(部分引用)

 

 自閉症の著者がその反省を綴る一冊。カバーの紹介文によれば世界で初めて自閉症の人が出版した本であるとのこと。

 

 その人生はまさに波乱万丈である。母親による虐待。衝動的に家をでて、ガレージに寝泊まりする日々(路端で眠ることも)。落ち着いた空間や人々の愛情を恐怖し、すべてを打ち捨てることもしばしば。世界とのギャップを埋めるべく生まれたウィリーとキャロルという人格。その影で外界から切り離され成長の止まった主人格・ドナ。「普通の人間」の感覚では理解できないようなことが立て続けに起こる。しかし、そこには著者なりの理由があり、ひとりの人間として必死に生きる努力がある。ただ、上に引用したように、インプット・アウトプットに問題があるだけなのだ。

 

 個人的には、著者が大学へ通い積極的な学びの機会を得たことで急速に成長する姿が印象的だった。そこには教育というものの真の力があるように思う。もちろん著者のようなケースはレアなのだろう(だからこそ世界初の出版なのだ)。すべての自閉症患者が教育を受けることで世の中に順応できるわけではない(著者も教育のみによって順応できたわけではない)。それでも、教育の重要性というものを彼女の人生が物語っている。

 

 この本は自閉症というもの(の一端)を理解するのに最良の一冊だ。自閉症は字のごとく「自らの世界に閉じこもってしまう」病気のようだ。おそらく、インプットもアウトプットもコントロールできない情緒が、必然的に外界との拒絶を患者に選択させてしまうのだろう。でも、患者本人は世の中に触れようと、世の中と折り合いをつけようと必死にあがいているのだ。

 

 自閉症という疾患を通して、人間の精神というものに思いを巡らせることができる一冊。そういえば、大槻ケンヂは「脳髄は人間の迷宮である」と歌っていた。「普通の人間」なんて本当はいないのかもしれない。