続: ぼくの一時保存

主に読書ブログ。たまに頭からはみ出したものをメモ。

蝦蟇の油 自伝のようなもの 黒澤明

 

 

自分について書くと云うことは、四方を鏡で囲まれた、その真中に立って、四方を眺めるよう様なものだ(作者、帯より)

 

いわずとしれた日本映画界の巨匠・黒澤明監督の自伝。世界のクロサワももちろん一人の人間で、その映画製作にはいくつもの困難と喜びがある。卒直で簡潔な監督の言葉は、その世界を実にクリアに切り取っている。

 

同時に宮崎駿監督の「出発点」を読んでいるせいか、少々左翼的な思想に染まりるつつ読んでしまった。戦前、戦後を通して日本映画界におきた変化。ときおり、黒澤監督も感じたらしい敗戦の重みや、日本人の情けなさ。あるいは日本人の美徳。とはいえ、黒澤明という人は、確固とした自分の価値観の上に足を置き、映画を作った人であることがわかる。そして、その価値観の中に「自分が日本人であること」が含まれている。だからこそ、西洋文化に迎合する人の多い世の中で、くっきりとその存在を示すことが出来たのだろう。

 

また、自伝といいながら、実に多くの人物がその物語の中に登場する。俳優、同期の仲間、助監督、証明、カメラ、先輩たち。なるほどこの本は「自伝のようなもの」なのだ。

 

まえがきで著者は「自分から映画をとったらゼロである」という。そして、映画は監督だけで作るものではない。少なくとも黒澤映画は違う。だから、黒澤明を語るなら、その映画に関わった多くの人々を語らざるを得ない。仲間愛にあふれる一冊だと思った。

 

 

聖書物語 木崎さと子

 

聖書物語 (角川ソフィア文庫)

聖書物語 (角川ソフィア文庫)

 

 

ユダヤ教キリスト教聖典である聖書。それはイスラエルの民族の歴史を描く大きな物語でもある。その要点を引用し、おおまかな物語の流れを追う一冊。平易な言葉でわかりやすく、主教や聖典というものに意識の乏しいぼくのような日本人でも読みやすい。

 

ユダヤ教キリスト教の背景にある物語をわかりやすく大雑把に学べる一冊。いきなり聖書を読むわけにはいかないが、この本ならなんとなく聞いたことのある名前を、ちゃんと物語上の一人物として理解することができる。例えばモーゼとか、アリマタヤのヨセフとか、ネブカドネツァルとか。聖書を全部読むなんて出来ないが、これならサクサク読める。広く浅い入門書として最適だ。

 

細かいことをいえばいろいろあるが、個人的には旧約聖書ユダヤ教)におけるイスラエルの神と新約聖書キリスト教)の父なる神の違いが物語を通して感じ取れたのがよかった。イスラエルの神は未熟な民を厳しく導く。時に理不尽ともいえる荒々しい言動は、古代の人々には全く太刀打ちできなかった大自然の力そのものを象徴しているのだろう。そしてその大自然の理不尽さを、絶望ではなく神の試練として民族への叱咤激励に転換することこそ、旧約聖書の役割であったのではないだろうか。一方で、時代が下り父なる神としてキリストの時代に君臨した神は幾分優しい。まさに親の面持ちでイエス・キリストとその民を見守る。モチーフが鳩ということもあってずいぶん可愛らしい(イスラエルの神は稲妻がモチーフである)。

 

この神の違いだけでもユダヤ教のストイックさと向上精神が理解できるし、キリスト教が1つの父に統一されることで大きな力を発揮する宗教であることがわかる。宗教は人の生き方に大きな影響を与えている。人を理解するために、宗教は欠かせない。

コンスタンティン

 

コンスタンティン (字幕版)

コンスタンティン (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 キアヌ・リーブス主演のアメコミ映画。マトリックスの頃なので、容姿的には絶頂期のキアヌが見れる。主人公、ジョン・コンスタンティンは天国と地獄の調停者。この世界では、天使か悪魔と人間の中間の存在、ハーフ・ブリードが人間社会に紛れ込んでいる。純粋な天使や悪魔は人間界には入れないが、しかし天国も地獄も紙一重で人間社会のすぐ側にあるのだ。天国と地獄は今も世界の覇権を狙って争っている。コンスタンティンが純粋な悪魔(ハーフではない)が取り憑いた女の子に遭遇するところから物語は始まる。世界の均衡が崩れようとしていた。

 

 個人的には非常に好きなアメコミ映画。昔劇場で見た時はまだ高校生ぐらいだったろうか。今見ても強い宗教色とストーリーの完成度の高さから気に入っている。

 

 キリスト教、とくにカトリックの描く世界観がうまく表現されている映画ではないだろうか。個人的にはルシファーの描写がいいと思う。白いスーツに身を包み、獣の唸り声をあげる。カトリックの世界の悪魔とはこういういう存在なのだろう。スーツを着ながらも足もとは焼け爛れた素足であることもポイントだ。靴とは人間性なのかもしれない。

 

 また、人が天国・地獄のどちらへ行くのかが非常にビジネスライクに決定される。そこには明確なルールがあり、死者の行いが全てである。これは日本人(の仏教や神道)には無い感覚だろう。心づもりは関係ないのだ。善人でも悪人でも、ルール上天国へ行くに値する行為を成せば天国へいけるのだから。このへんが欧米と日本の文化の根っこの部分で大きく違うのではないだろうか。

 

 おおまかなストーリーは映画中で消化されているが、ちょこちょこと考察の余地があるのもこの映画のいいところだ。悪魔は基本的に上顎から上の頭部、すなわち眼と脳を失っているのに、なぜサタンの息子マモンには頭部が完全にあるのか、とか。ガブリエルの腕に多数ついている患者IDはなんなのか、とか。脚本がしっかりしているのでたぶん裏設定とかもあるのだろう。この辺がわかるともっと面白いのかな。 

ももこのおもしろ健康手帳 さくらももこ

 

ももこのおもしろ健康手帖
 

 

 ちびまるこちゃんでおなじみさくらももこのエッセイ(?)。いや、対談集か?健康についてあれこれ語る。健康マニアなお話である。

 

 さくらももこのエッセイは肩の力を抜いてさっくりと読める。ホット一息つける読書でよい。なんの意味もないことに取り組む、というのは実に人間らしいことではないだろうか。

 

 1999年の本なので書かれているのは最近では少々古臭い健康グッズのお話。とはいえ、たぶん今でも同じような健康グッズはどうどうと販売されているのではないだろうか。そう思うと世の中なかなか進歩しないというか、お内手口が横行しているというか(笑)。

 

 肝心の健康効果は作者が50代で亡くなってしまったので・・・。この本のなかでは「あたしゃ96まで生きるよ」と語る作者の姿をぼくはなんとも言えない気持ちで思い浮かべた。この本が発売された当時なら、たぶんこんな気持にはならなかっただろう。とはいえ、天国でさくらももこはきっと自分が早死にしたことさえも面白おかしく語ってくれると思う。でも、もっと長生きしてたまには本を出してほしかった。90歳のさくらももこのエッセイを読んでみたかったと思う。

スーサイド・スクワッド

 

スーサイド・スクワッド(吹替版)

スーサイド・スクワッド(吹替版)

  • 発売日: 2016/11/23
  • メディア: Prime Video
 

 

 DCコミックの悪人どもがチームアップ。世界の運命は悪党どもに託された。

 

 ハーレクインがエロ可愛い。たぶん、それだけの映画。中身はほぼ無いと思っていい。流行りのユニバースもののための布石なんだろう。1キャラあたれば十分、というところか。

独裁者

 

独裁者(字幕版)

独裁者(字幕版)

  • 発売日: 2020/05/21
  • メディア: Prime Video
 

 

 第一次世界大戦のさなか、トメニア軍のチャーリーは飛行機で戦場から脱出する。しかし飛行機の墜落でチャーリー記憶を失ってしまった。それから10年以上の時が流れ、チャーリーは曖昧な記憶のまま自分の散髪屋へ戻ってくる。彼はユダヤ人であり、そして時代はトメニア政府によるユダヤ人迫害の時代となっていた。トメニアはチャーリーそっくりな総帥・ヒンケル率いる独裁国家となっていたのだ。隣国オーストリッチへの進行をきっかけに、数奇な運命が交錯する。

 

 観たことなくてもほとんどの人が知っている映画。公開は1940年。第二次世界大戦の真っ只中に公開されたことを思うとその凄さがよくわかる。ヒトラーがドイツでバリバリに独裁政権を奮っている時にこの映画を作ったのだ。ここに西洋文化の「コメディ」の力を感じる。

 

 コメディの1つの力は批判精神や風刺だ。暴走する権力に物申すのだ。ただしそれは所詮笑い話の中で。権力者はそんなものにいちち反応してはそれこそ笑いものになる。笑いの隠れ蓑で身を守り、痛烈に批判をすることができる。中世ヨーロッパの王様のそばには道化師がいた。貴重なブレーキ役だったのだ。

 

 ラスト。チャーリーが自由・平等・民主主義を訴える。いま、ぼくにはこの演説がガツン響いた。もしかしたら、あなたの心にも響くのかもしれない。多くの人の心にこの演説は響くだろうか?もしそうであれば、今の時代が心配になる。この映画が喜劇以上のものにならない、そんな時代が続くことを願っている。

ローマ帝国衰亡史(下) エドワード・ギボン

 

 

歴史にまったく弱いので、相変わらずこの手の本は表面をなぞる程度にしか読めない。ただ、それでもなんとなく大きな国が生まれて、実に多様な変革が起き、そして滅びていく。その姿をイメージすることはできた。国は大きな生き物である。人々は細胞だ。

 

またいつかこの本を読み直したくなるときがあると思う。そのときにはもう少し深いところを覗ければいいのだが。