続: ぼくの一時保存

主に読書ブログ。たまに頭からはみ出したものをメモ。

ヴォイド・シェイパ 森博嗣

「人には、何もない?」(ゼン、夢の中で)

 主人公、ゼンは山の中でカシュウに育てられた。親の顔も知らず、ただカシュウの元で剣の道を学んだ。カシュウの死に際し、遺言に従いゼンは山を下った。ゼンは初めて世界に向き合うことになる。

 森博嗣さんの小説。和風スカイ・クロラというところか。舞台は日本らしき国、時代は江戸時代だろうか。侍はいるが、戦はもう無い時代。剣は生きる道であった。

 ゼンは強くなりたいという気持ちを持つものの。刀を振るうことは好まず、静かに、静かに、考える。そしてカシュウとの修行の中ですでにかなり強い。それでも強いということにゼンは迷う。考えれば考えるほど答えは遠のくようだ。ゼンは生きることにも迷う。どんなに力を持っていてもゼンはずっと山で修行していたので世間を知らない。修行より生きることの方が苦難に満ちていることをゼンは感じる。この辺り、現代にも通じるものがあると思う。生きることは苦しいことなのだ。だから、それに耐えられるように子供の頃に生きる術を学ばなくてはいけない。

 この本はたぶん海外の方に読んでもらうことが想定されているのではないだろうか。作中には日本独特な文化がちょくちょく出てくる。武士道や禅といったものだ。そして主人公のゼンは山から降りて来たばかりで、これら全てに対して真っ白な状態なのだ。加えて、ゼンは非常に論理的な思考をする。ゼンは剣の修行こそ積んでいるが、中身はタイムスリップしてきた現代人のようなものなのだ。そのゼンの視点を通して、江戸時代の日本を眺めることがこの作品の一つの目的ではないだろうか。各章前の引用も、新渡戸稲造の「武士道」からである。明治時代を迎えるにあたり日本の文化・思想を欧米諸国へ伝えようとした一冊だ。

 これからの時代はこういう本が世の中に受けるのかもしれない。世界中に情報発信される時代。世の中が均一になる方向へどうしても向かうが、だからこそ独自のバックボーンがあるものが力を持つのかもしれない。日本ってなんだろうと考え直してみたい人におすすめの一冊。