続: ぼくの一時保存

主に読書ブログ。たまに頭からはみ出したものをメモ。

複眼の映像 橋本忍

 

  閃きを掴むためには、他のあらゆる一切を・・・その結果生じる傷などはあろうとなかろうと問題ですらない(黒澤明を論じて、著者)

 

 黒澤映画は「世界」の映画となった。しかし、もちろん映画は監督一人が作るのではない。数多の人々の多大な仕事によって作られるものなのだ。著者は脚本家として黒澤映画を支えた。七人の侍をはじめ、多くの名作に参加した。素晴らしい脚本は映画の設計図であり、黒澤映画を世界へ導く道標だった。そんな著者の自伝といえる一冊。

 

 黒澤映画は脚本の執筆方法も独特だった。脚本家を複数置き(黒澤監督自身も脚本に携わる)、同時に同じシーンを執筆した。複数の脚本を競い合わせ、良いところを組み合わせ、洗練された脚本をつくるのだ。驚くべきことに、この手法は現代のハリウッド映画の脚本と変わらない。表題でもある「複眼の眼」が客観性が高く、優れた脚本を生み出すのだ。あとは、それを映像にするだけである(もちろん、空想の産物である脚本を映像にするのにはまた違った才能が天賦の才が必要だ)。

 

 著者の自伝であると同時に、本作は当時の映画界の空気をリアルに伝え、また黒澤明の歴史を客観的に伝える一冊でもある。日本映画を語る上で欠かすことのできない一冊になるだろう。映画を志すものにはぜひ読んでもらいたい。低迷する邦画に足りないものがこの本にはある。時代が変わり、映画に関わる物事はなにもかも変わってしまった。でも、ほんとうに大切なものは変わらない。ぼくはそう思う。