続: ぼくの一時保存

主に読書ブログ。たまに頭からはみ出したものをメモ。

蝦蟇の油 自伝のようなもの 黒澤明

 

 

自分について書くと云うことは、四方を鏡で囲まれた、その真中に立って、四方を眺めるよう様なものだ(作者、帯より)

 

いわずとしれた日本映画界の巨匠・黒澤明監督の自伝。世界のクロサワももちろん一人の人間で、その映画製作にはいくつもの困難と喜びがある。卒直で簡潔な監督の言葉は、その世界を実にクリアに切り取っている。

 

同時に宮崎駿監督の「出発点」を読んでいるせいか、少々左翼的な思想に染まりるつつ読んでしまった。戦前、戦後を通して日本映画界におきた変化。ときおり、黒澤監督も感じたらしい敗戦の重みや、日本人の情けなさ。あるいは日本人の美徳。とはいえ、黒澤明という人は、確固とした自分の価値観の上に足を置き、映画を作った人であることがわかる。そして、その価値観の中に「自分が日本人であること」が含まれている。だからこそ、西洋文化に迎合する人の多い世の中で、くっきりとその存在を示すことが出来たのだろう。

 

また、自伝といいながら、実に多くの人物がその物語の中に登場する。俳優、同期の仲間、助監督、証明、カメラ、先輩たち。なるほどこの本は「自伝のようなもの」なのだ。

 

まえがきで著者は「自分から映画をとったらゼロである」という。そして、映画は監督だけで作るものではない。少なくとも黒澤映画は違う。だから、黒澤明を語るなら、その映画に関わった多くの人々を語らざるを得ない。仲間愛にあふれる一冊だと思った。