続: ぼくの一時保存

主に読書ブログ。たまに頭からはみ出したものをメモ。

ルー=ガルー 忌避すべき狼 漫画版 原作:京極夏彦 漫画:樋口彰彦

 狼は絶滅したーそういうことになっている

 そう遠くない未来。世界的パンデミックを引き起こした疫病“バイド・パイパー“のため、人間世界は大きく変わった。子供たちは教育施設・センターに保護され、街は区域分けが進み、警備組織が町中を守る。人々は端末・モニターを常に装備しており、あらゆる行動は記録される。しかしその徹底的な管理をかいくぐり、センターの少女たちが殺される連続殺人事件が起こる。葉月、美緒、歩未の3人は、たまたま殺人犯に襲われる矢部に遭遇したことをきっかけに、この街に潜む謎に挑むことになる。

 おもしろい!シンプルな絵柄と京極夏彦流のドロドロした世界観が程よく混ざって、大変読みやすく楽しめる。何を隠そう僕は原作小説を何度か読もうとしてあきらめた人なのだ。どうも京極テイストと近未来SFの組み合わせが肌に合わなかったらしく、小説版の世界にはうまく浸れなかったのだ。詰まるところ僕の想像力の欠陥なわけだが、ありがたいことに漫画版ならその点を補ってくれて物語を楽しめるのだ。

 奇しくも、世の中はCOVIDー19で大きく変わりつつある。この漫画に描かれるのは感染症パンデミックの後の世界の可能性。一つのディストピアである。IT技術が進歩した極端な管理社会。人がいつ、どこで、何をし、誰と出会ったのか。全てが端末にモニターされる。あらゆる経験は画面を通してもたらされ、“生“の経験は貴重なものになる。食べ物も全て人工的に合成される。命のの価値が曖昧になり、生きることすらバーチャルに感じられる時代。それでも、この世界には人間が生きている。清潔なビーカーの中で蠢くような、生臭い人間の存在。どんなに清めても、人間の存在自体はそこにあるし、それを否定することは出来ないのだ。だから、人間が居ることを肯定することが
大切だ。主人公たちは、厳正な管理社会の中で人間の存在を肯定し続ける存在だ。もちろん、この作品は予言の書などではなく、パンデミックはよくある設定に過ぎない。でも現実世界の我々も、この大騒ぎの後人間らしく生きることを忘れてはいけないのかもしれない。

 京極SFをサラリと楽しみたい方におすすめの一冊。COVIDー19後の世界に想いを馳せるという意味では、今がタイムリーでいいのかもしれない。