水木サンの幸福論 水木しげる
「実はてんぷらは嫌いなんだよ」(著者)
妖怪マンガ家、水木しげるが幸福とは何かを考える。生涯を通して考え抜き、そして老いてなお答えのでない「幸福」とは何か。著者なりの考えが第一部にまとめられている。
第二部は、著者が自身の人生を振り返る「私の履歴書」。壮絶な人生を、軽く愉快な調子で語る。
水木しげるさんはぼくのイメージでは「のんびりした漫画家」であった。
手塚治虫と対比されることが多いと思うし、実際、最近の著者はのんびりした人であったのだろう。しかし、この一冊でぼくの水木しげるに対するイメージはがらりと変わった。好奇心旺盛に、自分の夢を目指したとてつもなく芯の強い人である。また、臨機応変に状況を読み、実に活発に行動した人でもあった。並外れた生命力を感じる。とてものんびりなんて言葉で表せる人ではない。
その人生は壮絶である。
絵を描く仕事を夢見るもなかなかうまくはいかず、職を転々とする。気がつけば戦争が勃発し世情はいっきにきな臭くなる。ついには著者も戦線に送り出されてしまう。
有名な話ではあるが水木しげるさんの片腕はない。戦争でラバウルに行き、爆弾でふっとばされたのだ。味方も全滅し、たった一人密林を逃げ惑う。奇跡的に生き残り他の部隊に合流するも、今度はマラリアを発症して生死の境をさまよう。
知ってはいたが、本人の言葉を読むと臨場感がちがう。本当に凄まじい修羅場をくぐり抜けてきた人なのだ。
戦争を乗り越え日本に戻っても、今度は貧乏が著者を襲う。また職を転々としつつ、やっとこさ紙芝居作家として絵を描く仕事に就く。しかし給料は安く、自転車操業の日々。食うものに困ることさえ有ったという。
必死に食らいつき、50を超えてついに売れっ子漫画家になるも、今度は超多忙な日々。
身体に鞭打って働くことになる。
うーん。全然のんびりしていない。激務の中で思いを馳せたのは南方の人々とのゆっくりとした暮らしであったようだ。著者はそこにこそ幸せを見出した。
著者の幸福論には「なまけものになりなさい」という言葉がある。著者の壮絶な人生を踏まえてこそ、この言葉の重みがよく分かるような気がする。なまけものになるのも、結構大変なことなのだ。