続: ぼくの一時保存

主に読書ブログ。たまに頭からはみ出したものをメモ。

赤ひげ診療譚 山本周五郎

赤ひげ診療譚 (新潮文庫)

赤ひげ診療譚 (新潮文庫)

保本登は医師である。長崎での遊学を終え、帰ってきた彼は御典医を目指すつもりだったが親戚筋の計らいで小石川療生所の見習いとなる。小汚く、貧乏な施設。所長の赤ひげとの確執。しかし、保本は少しずつ赤ひげから学んでいく。

黒澤明監督の映画の原作。短編の形をとって、テンポよくお話が進む。

赤ひげを始め登場人物はみな苦境に立たされている。自分の力の不足。世の中の理不尽。貧乏。差別。無知。どう戦ってもどうにもならない。それでも、自分たちに出来ることをやっていく。生きることをまざまざと描いた作品を見てだと感じた。

名人に香車を引いた男 升田幸三

名人に香車を引いた男―升田幸三自伝 (中公文庫)

名人に香車を引いた男―升田幸三自伝 (中公文庫)

大山康晴名人とともに将棋界の一時代を築いた升田幸三の自伝。

なんとなく逸話は知っていたが、それでもとんでもないと思える破天荒な人生である。将棋界にこんな人生を歩んだ人は他にいないだろう。いや、日本中にもそうはいまい。

著者の燃え上がるような心意気と、時代の風を感じる一冊だった。一昔前には羽生善治名人という風が吹き、最近では藤井聡太7段が風を起こしている。しかし、升田幸三が活躍した戦前〜戦後にかけてに吹いていた時代の風はもっと複雑で吹き荒れていたようだ。将棋連盟自体もまだなく東西の連名に分かれており、名人も世襲制から実力制に変わる。タイトル戦も少なく、その規定も変わる。荒れ狂う暴風の中で勝負の世界に身を置く、当時の将棋指しの肚は凄まじい。

同時に著者の人柄がよく伝わる一冊でもあった。根のいいおっさん、というのが言葉の端々から滲み出ている。いい自伝だと思った。

アリー/スター誕生 ブラッドリー・クーパー

レディ・ガガが主演を務めたことで話題の映画。ショーパブでたまに歌うことが生きがいのアリーは、ある日大物シンガーのジャックにその歌唱力を見出される。半ば強引にジャックのライブに引きずり出されたアリーに全米が注目し、彼女は瞬く間にスターダムを駆け上がっていく。一方、落ち目となったジャックは、酒に麻薬に溺れていく。ショービジネスの光と影のなかで2人の運命は如何に。

ただの成り上がり物語かと思っていたがそんな事はない。ストーリーは実に深く、ショービジネスの光と影を切り取り、そして「スターとはなんぞや?」という問いかけを我々に投げかける。

主演2人の演技もすばらしい。ちょっとした目線や仕草がキャラクターをよく表している。終盤のジャックの表情の鬼気迫る感じには震えた。

結局、スターとはその人間性が卓越した人物のことを指すべきなのであろう。その人徳に多くの人が惹きつけられるのだ。アリーはその作詞・作曲センスと歌声で世に出た。それが彼女の人間性を世に伝える最高の武器だった。しかし、彼女は大物プロデューサーの意向により、ダンスだ、衣装だ、イメージ戦略だとショービジネスの世界に翻弄されていく。彼女の真の才能を知るジャックはそのことに蝕まれていく。アリーをこの世界に引き込んだのは他ならぬジャックなのだ。

ラストシーン。アリーはシンプルに歌い上げる。その瞬間、本当のスターが誕生したのだ。

銀河不動産の超越 森博嗣

不動産会社に務める私はひょんなことから妙な一軒家を借りることに。一人気だるく生活していた私の周りには、それから奇妙なお客が集まり、物語が転がっていく。果たして私の生活はどこへ向かっていくのだろうか。

日々をただただ生きていくことで、いつのまにか幸せになっていた。そんな物語。なんだ御都合主義か、と思う人もいるかもしれない。いや、ぼくの最初の読後感もそうだった。ただ、読み終わって、改めて最初のページを見たときに「いや、そうか?」と思った。私は随分幸せになった。私の生活は随分変わった。まるで御都合主義のような物語も、私が目の前の現実に向き合い続けた結果ともいえる。本作ではそれを「幸せを築こうとする努力」と表現している。そういうことかと納得した。

ロッキー・ホラー・ショー ジム・シャーマン

まさにカルト映画。

そしてギャグ漫画家はコレをとにかくみるべきである。これぞギャグ。笑うしかない場面はこうやって作られるのだ。

あと人生に行き詰まった人もみて欲しい落ち着いて見れば、地球の表面に人間と呼ばれる生き物が這いずり回っているだけである。世の中なんて真っ暗闇であることを思い出せるだろう。

真夜中のパン屋さん

 

真夜中のパン屋さん 午前0時のレシピ (ポプラ文庫)

真夜中のパン屋さん 午前0時のレシピ (ポプラ文庫)

 

 

「何せ変態だからね。彼女のすべてを知ってるんだ」(斑目

 

真夜中の東京。そこにブランジェリークレバヤシというパン屋がある。営業時間は23-29時。絶品のパンを作る真夜中のパン屋さんには、ワケありのお客が吸い寄せられる。

 

読了してまず最初の感想は「少女漫画だなー」という感じだった。深夜営業のパン屋さんという現実離れした舞台。ぶっきらぼうだけどかっこいいパン職人、パン作りは下手だけど優しく柔和なメガネのおじさん。そして、そこに居候するヤサグレた女子高生(主人公)。社会の表に現れない、暗闇を抱えたお客さんたちはブランジェリークレバヤシを中心に複雑に絡まり合い、物語を紡いでいく。

 

非常に読みやすい文章で、読者を引き込む力も充分ある。だが、どうしてもご都合主義感が否めない。いや、小説なんて作り話なのだから「どう都合をつけるのか」っというのが大事なのだが、どうにも本作の作りは荒いように感じた。「オカマバーのママからホームレスに転落したソフィアがたまたま同居した自称ネコのミケがある重要人物の母親」なんてのは、強引すぎるぜ、デウス・エクス・マキナという感じである。

 

結局、何より腑に落ちないのは「このパン屋、深夜営業である必要あるのか?」だと思う。暗闇を抱えた客が集まるという舞台設定としてはいのかもしれないが、パン屋がそんな客を集めるために営業するわけがない。少しでも多くの人に自分たちのパンを味わってもらうためなら昼にオープンすべきである。少なくとも資本主義の今の世において、深夜営業のみのパン屋さんが存在するとは思えない。だからこそファンタジーなのかもしれないが、扱うテーマが重いリアリティがあるのでどっちつかずである。

 

とはいえ続きが気になる、のめり込んで読める作品ではある。特に中~高生の女の子には受けそうだ。おっさんにはあまりおすすめしないが。

 

宮本武蔵 ⑺ 吉川英治

「いいじゃないか。人間みな、思い思いに歩いているのだから」(夢想権之助)

ダラダラと読んだせいか、正直何も印象に残っていない。

武蔵は刀を置き、荒地を耕すことを始める。人を、村を率いることを学び、武蔵のうちには国を率いるという心が芽生える。しかし、ひょんな事から通じた江戸での士官の話をおすぎババに邪魔され、武蔵はそれを「ありがたい」と受け、またもただ一人修行の旅に出る。

流石に同じようなパターンが続きすぎて飽きてきた。次が最終巻だが、読むモチベーションが湧かない。