続: ぼくの一時保存

主に読書ブログ。たまに頭からはみ出したものをメモ。

告白 渚かなえ

 

告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)

告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)

 

 <i>ねえ、渡辺くん。これが本当の復習であり、あなたの更生の第一歩だとは思いませんか?(森口)</i>

 

我が子を亡くした中学校の女性教諭、森口は最後のホームルームで驚愕の告白をする。我が子を殺した犯人がこの教室にいるのだと。

 

語り手を変えながら全編モノローグで構成される共学のストーリー。最初はタイトルどおりそれぞれの『告白』だと思って読み進めていたが、後半になるにつれ少し違うと感じた。登場人物はみな自分が正しいと思っているというか、後悔していないわけではないが、自分を美化している感じがする。

 

告白と見せかけて、そこには虚実が入り混じり、全体を複雑にしている。それが著者の狙いであり、物語の厚みを作っているのだと思う。

 

誰しも主観というバイアスから逃れることは出来ない。それぞれの思い込みが、美化が、世の中を複雑にしていく。この作品はままならない世の中の縮図であるように感じた。

 

ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第1章 三池崇史

杜王町、平凡な様で行方不明者が非常に多く不穏な空気が漂う町。昨日、杜王町へ引っ越してきた広瀬康一は、不思議な力(スタンド)を持つ少年、東方仗助と出会う。町では殺人鬼、アンジェロがスタンド能力に目覚め悪行の限りを尽くしていた。

前評判は最悪。公開されたら「意外と良い」との評価が見られるジョジョまさかの実写映画。これは自分の目で確かめるしかないと劇場へ足を運んだ。

結果としては、かもなく不可もなく。まぁ平凡な映画といったところだろうか。監督はよく頑張ってると思うけど、やはり漫画原作の実写映画化はなかなか厳しいものを感じる。

基本的には原作既読前提の映画だと思われる。スタンドの説明もざっくりだし、冒頭からピンクダークの少年をガッツリ出してくるなど、ある程度ジョジョという作品を知らなければ楽しめない。

肝心の「スタンド」だが個々のCGは非常によくできている。原作漫画そのままに3Dモデルが動くといっても良いだろう。問題は予算の都合なのか、今一つスタンドの出番がないところ。また、出番があっても「オラオララッシュ」などは動きが激しすぎてほとんど何をしているかわからない。どうも魅せ方が今一つ。

人間のほうも、コスプレにしか見えない衣装が辛い。いや、コスプレのほうがもっと上手に原作を再現してるんじゃあないだろうか。この辺は予告編でわかっていたからまぁなんとか飲み込めた。

ストーリーの改変は尺の都合があるので仕方ないだろう。ただ、ラストの改変はちょっとびっくりした。一応中ボスぐらいの位置付けの音石明はどうも出番がなさそうだ。第2章は結構独自路線で突っ走るのかもしれない。2作目のプロットがある程度まとまっているのか、とりあえず消化しておいたキャラも多い。彼らはきっと実写化されないのだろう。仕方ないのかもしれないが。

唯一評価できるのは、スペインでロケを行なったことだ。スペインの土地に日本の標識を立て、サラリーマン風の日本人を大量投入することで、あっという間に日本のようなものを作り上げた監督の発想はすごい。しかも、これが意外とジョジョっぽい(ジョジョ自体が洋画の影響をふんだんに受けているからだと思うけど)。

そんなわけで、良いとも悪いともいえない普通の映画にぼくのなかではなってしまった。続編を作る気まんまんの映画だし、続編こそ4部ラスボスが登場するはずなので見てみたいが、はたして実現するだろうか。また実現しても予算不足でこれ以上しょぼくなるとえらいことになる。この続編の監督は果たして誰になるのだろうか。

ブラック・ファイル 野心の代償 シンタロウ・シモカワ

製薬会社のCEO、アーサーはマスコミに叩かれまくっていた。臨床試験の結果を改竄し、その結果薬によって260名もの人々が死んだのだ。そしてついにはアーサーの愛人、エミリーが誘拐される事態に。場面は時をさかのぼり1週間前、弁護士のビルはとある筋からアーサー訴訟の証拠を入手するが…

あらすじをみてると法廷サスペンスっぽいが、実際にはもっとドロドロした人間模様が描かれる。全体的に落ち着いた雰囲気のBGMが続き、なかなかの緊張感だ。

アンソニー・ホプキンスアル・パチーノが脇を固めるというえ贅沢な映画。イ・ビョンホンも添えられている。さすがの演技で安心感があっていい。アル・パチーノのラストシーンはゴッドファーザーっぽくてーかっこいい。渋い。

監督が日系の人だからか、ラストは日本映画でありそうな終わり方。謎を残さない律儀な感じも日本映画っぽい。

派手さはないがジワジワくる。ハリウッドっぽくない映画でした。

ピエロがお前を嘲笑う バラン・ボー・オダー

影の薄い少年ベンヤミン、彼はコンピュータに精通し、ひょんなことからハッカー集団CLAYの一因となる。裏の世界で名前を上げていくCLAY。しかし、その進撃は長くは続かないかった。

映画はベンヤミンの出頭に始まり、彼がこれまでの経緯を話すことで進んでいく。最初は遊びのような感覚で始めたハッキング。いつしか事はだんだんと大きくなり、遂にはCLAYは破局を迎える。

印象的なのは、ダークネットと呼ばれるアングラなチャットでハッカー達がコミュニケーションしているシーン。狭い電車の車両の中で、仮面をつけたハッカー達が会話している。インターネットに存在する独特の世界観をうまく表せているのではないだろうか。顔が見えず公平なようでいて、なんとなく序列のある不思議な空間ができている。

ハッカー映画なので、コンピュータ上での戦いを想像するところだが、本作にはアクションシーンも盛りだくさん。なるほどハッキングというのはただコンピュータに強ければできるというものではないようだ。端末を探し、ネットワークを構築し、情報を奪い合う。意外と肉体派なところもあるのだ。現実にそうなのかは知らないけれど。

ラスト20分ほどは熱い展開が続く。しっかりとストーリを固めて練られた脚本に、ドイツ人の気質を感じる映画だ。ドイツ版、デスノートといったところだろうか。見応え十分な一作だった。

いつか春の日のどっかの街へ 大槻ケンヂ

「ああ、大切なものか。大切だと思っていたものは、子供の頃にたくさんあったけれどね。大人になるにつれて、だんだんそれが数を少なくしていく。で、気づくと、実はあまりなかったんだと思うくらいになっている。なんかの映画のセリフさ」(妄想の中の大槻ケンヂ)

大槻ケンヂのエッセイのような小説、ということで虚実入り乱れてのほほんとしたお話が続く。40代になっていまさらギターの魅力にとりつかれた著者。やってみるもので、弾き語りのライブまでやってしまう。ギターを始めたことで様々な変化も起きる。人生、いくつになってもチャレンジは出来るものなのだ。

個人的にお気に入りのエピソードは、友人に、彼女の妹の赤ちゃんのために歌を作って欲しいと頼まれる話。

「君が今までたくさん作ってきた死んでいく歌の真逆、生まれてこれから生きていく人のための歌を」(友人)

この頃、身の周りで訃報が相次いが大槻ケンヂにとってこの言葉は大きな影響があったのではないだろうか。
ちょっと不覚にも泣きそうになってしまった。

夜行 森見登美彦

夜行

夜行

『春風の花を散らすと見る夢は、さめても胸の騒ぐなりけり』

かつて京都の英会話スクールに通った仲間たちは、10年ぶりに『鞍馬の火祭』を見物に行こうと話をまとめる。久しぶりの再会に心躍らせつつも、心の片隅には暗闇があった。かつて同じように祭りを見物した際に、行方不明となった友人『長谷川さん』のことが気にかかる。そして謎多き銅版画家の『岸田道生』。彼の連作『夜行』とは一体なんなのか。

本作は帯にあるようにまさに森見登美彦10年の集大成といえる。京都を舞台に、ミステリーとホラーの中におどけたような可愛らしさが混ざり込み、著者独特の世界を作り出している。

テーマが銅版画であるのも良い。銅版画は表と裏で全く違う絵のように見える。『夜行』が裏なのか表なのか?いや、そんなことは重要ではないのだ。作者が認めれば、見るものが認めれば、それが表である。

人生の裏側にはif世界が広がる。文学の面白さは、if 世界への侵入にあるのかもしれない。

小説の究極のテーマは「現実と虚構」である。優れた文学作品は読者を虚構の世界へ連れて行ってくれる。それはリアリティによって成されることもあれば、独自の世界設定によるものかもしれない。

虚構と現実。現実と虚構。胡蝶の夢から続くこの永遠のテーマを、著者なりに見事に咀嚼した作品であると思う。現実は虚構であり、虚構は現実なのだ。そこにはただ人があるだけなのだ。

ブレア・ウィッチ・プロジェクト

アメリカの大学生3人組は、伝説の魔女『ブレア・ウィッチ』についてドキュメン映画を作成することにした。彼らはハンディカム片手に魔女の住む森へ分け入り、行方不明となり、ハンディカムだけが発見された。

映画自体がハンディカム映像ということになっており、あえて画質、音質の悪い映像が恐怖を誘う・・・.はずがレンタルビデオを家のテレビで観ても今ひとつこの恐怖は伝わってこない。

これは映画館で観る映画なんだろう(ほとんど映画はそうかもしれないが)。家で小さな画面でリラックスして観ても仕方がない。

評判が良かっただけに少し残念な一本だった。