続: ぼくの一時保存

主に読書ブログ。たまに頭からはみ出したものをメモ。

黒田如水 吉川英治

黒田如水(吉川英治歴史時代文庫 44)

黒田如水(吉川英治歴史時代文庫 44)

若き黒田如水の物語。まだ黒田官兵衛を名乗っていた頃のはなしである。

兵庫は姫路に居を構える小寺は、中国の一大勢力毛利と、波動を快進撃する織田の間に揺れていた。家臣の一人であった官兵衛はいち早く織田の力を認め、城主へ織田方へ下ることを進言する。しかし、場内には未だ毛利の声も強い。果たして小寺家の運命はいかに。


戦国というシビアな時代の世において、強かに生きる官兵衛の姿が描かれる。官兵衛は自分の利やその場しのぎの判断には身を委ねず、国家泰平の世を見据え、その中で生きていく。織田方にこそその力を見出し、臆することなく秀吉と組した。

大きな流れを見出し、その流れに乗り、決して小事に振り回されない。当たり前のようで、簡単なようで難しい。ぼくにはまだ大きな流れもよく見えないのだ。

おらおらでひとりいぐも 若竹千佐子

おらおらでひとりいぐも 第158回芥川賞受賞

おらおらでひとりいぐも 第158回芥川賞受賞

どうもぼくはまだこの本を読むには若すぎるのか。非常にイライラしながら読むことになった。

東京に一人暮らすおばあちゃん・桃子さん。独立した子供とは疎遠になり、夫には先立たれ、一人孤独に生きる。ただただ内省を繰り返す日常を、生まれた東北の言葉で綴る。

老人で溢れる国である日本には、実際にこのような老人がいっぱいいるのだろう。桃子さんを知ることは、今の日本の国の一側面を知ることだ。今という時代を反映した文学として価値ある作品であることは理解できる。

しかし、どうにも読むのが辛い。まず東北弁が理解できない。唯一の登場人物である桃子さんの思考が読めない。ひたすらに内省し続ける桃子さんのキャラクターもあってまったく共感できない。ただただイライラする。読み物としては絶望的に辛い。

ただ、今の日本が抱える問題である「孤独な老人」というものを身近に感じられるのはいいことだ。あと失われいく言葉である東北弁を残すということも大事だろう。だから価値ある作品であることはわかる。

でも、どうしてもイライラしてしまう。これに怒る人もいるかもしれないが、ぼくはそういう性質なのだろう。改めるべきことかもしれないが、一朝一夕で変えれるとは思えない。せめて自分の性質に気づいただけでもまだましか。この本はその意味で心を写す鏡なのかもしれない。

月の砂漠をさばさばと 北村薫  絵 おーなり由子

 

月の砂漠をさばさばと (新潮文庫)

月の砂漠をさばさばと (新潮文庫)

 

 タイトルと表紙の絵にひかれて購入。

 

9歳のさきちゃんとお母さんのほんわかとした日常が描かれる絵本。日常を上手に物語に昇華した作品。

文字もそんなに多くないし、難しい言い回しもないので、子供でもすらすら読めると思う。というか、子供のころに読むべき本だった。

 

アリータ:バトル・エンジェル ロバート・ロドリゲス

時は26世紀。空に浮かぶ都市ザレムの下で、くず鉄町の人々は混沌とした生活を送っていた。ある時、医者のイドはザレムから落とされる廃棄物のなかにコア(人間の頭部〜胸部にあたる部分)の生きたサイボーグを発見する。彼は自身の技術でサイボーグにボディを与え復活させる。アリータと名付けられた純粋な心のサイボーグは徐々にその秘めたる力を覚醒させていく。

ジェームズ・キャメロンが熱心に取り組んできた作品だが、うーん、これはどうなんだろう。悪くはないがもう一つ足りない。カツカレー大盛りを注文したら、牛丼並盛りが出てきたような、そんな物足りない作品である。

気になる点はいろいろあるが、まずはストーリーだろう。

ストーリー序盤から中盤にかけて、アリータは感情の赴くままに行動する。それを「純粋」と表現したいのだろうが、どうも「物事を考えないクソガキ」にしか見えず全く感情移入できなかった。

そもそもアリータは死んだも同然の存在であった。ゴミとして捨てられていたのだ。それを生かしたのはイド博士だ。多少は恩義に感じるところがあるはずだろう。しかし、恩義どころかアリータはイド博士を巷で起きている連続サイボーグ殺人の真犯人と勘違いし、ほとんど迷いなく彼を止めにかかる。さらにイド博士が実は裏稼業としてハンター・ウォーリア(賞金稼ぎのようなもの)と分かると、娘として平穏に行きて欲しいと願う彼の言葉を他所に自分もハンター・ウォーリアになると言い出す。当然反対されるがそれでも勝手にハンターになってしまう。しかも速攻で他のハンターに喧嘩を売りに行き、最終的にはいろいろあってコア以外をぶっ壊される。

これで落ち着くかと思いきや、次は命の危険もあるモーター・ボールの選手になろうとトライアウトを受ける。「娘ごっこはもううんざり」という発言をイド博士が聞いたらショックだろう。そのイド博士は娘をモーター・ボールの選手に殺されており、この競技を毛嫌いしている・・・はずなのに、なぜイド博士は意気揚々と控え室でアリータのメンテをしているのか。さらには足先のローラーブレード的なパーツまでプレゼントしている。意味がわからない。なおこのとき「ヘルメットは絶対装備しろ」とイド博士はアリータを気遣う言葉をかけるが、ラストシーンで再度モーター・ボールに挑む彼女はヘルメットをつけていない。馬の耳に念仏である。

SF考察も雑だ。アリータは実は300年前の大戦(the Fallと呼ばれる火星との戦い)の火星軍と兵隊である。その身体は最先端の兵器であり、心臓は街一つを何年でも動かせる超弩級のロスト・テクノロジーである。・・・が、だからといってアリータが 化物じみて強いことの説明にはならないだろう。特に序盤のアリータはイド博士が娘にために用意した一般的な強度のボディを使用しているのだ。心臓がいかに強くても、ボディがもたないだろう。SFのリアリティに欠ける。

映像面は申し分のないクオリティだが肝心の主人公アリータの顔がもう一つ。アリータの顔はCGを駆使して眼が大きめに、まるで日本の漫画のように表現されている。これはアリータが造られたものであることを強調するものだと思うが、正直気持ち悪い。「不気味の谷」という現象がある。CGなどで人間の顔を作ると、人に似せれば似せるほど、それを見た人は違和感を覚えるのだ。しかし、ある閾値を超えると自然と受け入れられるようになる。アリータは閾値を超えていない。26世紀の火星の技術でもまだ不気味の谷は超えられないのか。いやいや、地球の技術で造られたザパンの顔は完全に人間だ。そもそも我々の21世紀の時点で不気味の谷は超えられつつある。この谷を越えるのにあと500年は必要ないだろう。

そんなわけで登場人物のほぼ誰にも共感できない、さらにストーリーや設定にも疑問が残りまくりの映画だった。ただ、一つ、賞金稼ぎで犬使いのおっちゃんだけは許す。名脇役である。

箱庭図書館 乙一

箱庭図書館 (集英社文庫)

箱庭図書館 (集英社文庫)

乙一らしい、静かなホラーとファンタジーの短編集。こうゆう作品間にゆるやかなつながりがあるのは個人的に好み。全体的に後味がよく、気持ちよく読める。心地よい一冊だった。

レンタル・チルドレン 山田悠介

レンタル・チルドレン (幻冬舎文庫)

レンタル・チルドレン (幻冬舎文庫)

さらっと読めるホラー(?)小説。ありがちなクローンネタをちりばめた、わかりやすいホラー。苦手な人でも読みやすいんじゃないだろうか。中学生ぐらいが一番楽しめるだろう。おっさんには粗が目立ってちょっとつらい。ちょっと薄味すぎる。

白ゆき姫殺人事件 湊かなえ

この人のミステリはほんと怖い。自分のすぐそばにありそうな、そんな恐怖がある。

SNSやブログを「資料」として取り込む構成も面白い。この辺も結構凝っていて妙なリアリティがある。

ただ、なんとなくオチは想像がついたというか、読めてしまった感があって、盛り上がりは今ひとつ。もうちょとどんでん返しがあると良かったんだけど。

でも面白い一冊なのは間違いない。登場人物の裏も表もよく描けている。人間社会の不都合な感じもうまい。人間観察の極み、というところだろうか。