MUCが送り出すスパイダーマン第二弾。前作「アベンジャーズ エンド・ゲーム」で師匠たるアイアンマンことトニー・スタークを失ったピーター。また、世界もアベンジャーズを失ったことで不安に陥り「次のアイアンマン」を求めていた。そんな中、ピーターは高校の修学旅行でヨーロッパへ。しかし、そこに水のモンスターが現れ大暴れする。現地で異次元んからやってきたというニューヒーロー・ミステリオと共闘し無事怪物を倒すも、ニック・フューリーが現れ、ピーターの修学旅行はとんでもない方向に進んでいく。
騙された!いい意味で!
もう予告編を観て完全にミステリオやフューリーと一緒に新しいアベンジャーズを立ち上げる物語だと思っていた。それを持ってフェーズ3を終わらせ、フェーズ4が始まる。そんな1本だと思っていた。全然違う!いい意味で!
ミステリオはヴィランだった。しかも元トニーの部下で、自身の発明をトニーにこき下ろされたことに恨みを持ち復讐の機会をずっと探っていたのだ。本物と区別できないホログラム映像とドローンを組み合わせ、偽りの怪物を生み出し、それを倒してヒーローの様に振る舞うのがミステリオの手口だ。スパイダーマンはすっかり騙され、アイアンマンの形見であるイージスシステムを譲ってしまう。
このイージスシステム。トニーのグラサンに仕込まれたえげつないプログラムで、世界中の情報にハックし無数のドローンで攻撃する。多少ウルトロンの件で懲りたのか、AIの独断で機能を行使することはできないが、使う人を間違えれば世界が滅びるシステムだ。本編中に描かれてはいないが、たぶん核とかも制御下におけると思う。相変わらずトニーの不安症は半端ない。
だまし取ったイージスの力を得て、ミステリオは大暴れ。自作自演でニューヒーローとして名を上げようとする。スパイダーマンはそれを食い止めようと奔走する。
さて、大方の予想通り本作のスパイダーマンは「未熟なヒーロー」である。表の顔は普通の、いやむしろオタクよりの内気な高校生なのだ。世界を救う責任など軽々背負えるわけがなく、スーパーヒーローとしても、アイアンマンの弟子としても、大衆の理想に追いつけず苦悩している。
本作はそんな未熟なヒーローが真のヒーローへ目覚める、つまり覚悟を決める物語だ。
トム・ホランド演じるピーター/スパイダーマンは実に内気な高校生らしくリアルだ。並の人間はヒーローの重圧に耐えられない。「親愛なる隣人」と「スーパーヒーロー」は全く違う。映画の大半、ピーターは普通の高校生として特にMJとの恋に翻弄される。しかし、自分の力があるからこそ、その力を知る人がいるからこそ、自分が求められる行いに気づかされる。
これは原作ではベンおじさんの「With great power comes great responsibility」という言葉に象徴される。しかし、本作にはベンおじさんがいない。ピーターは自らそのことに気づいていく。自分が力を得たばっかりに、クラスメートが事件に巻き込まれていく。その力を用いるなら、それに見合う覚悟が要るのだ。
トニー・スタークがかつてそうだった様に、ピーターも迷えるヒーローである。そんな彼に対して本作のヴィランであるミステリオは絶妙なチョイスであった。ホログラムとドローンで嘘八百を並べたてるこのヴィランは純粋な少年を大人にした。疑うことなしに生きていけるほど現代社会は甘くない。少年ピーターは、人を疑うことを覚えて大人になった。ヒーローになったのだ。
CGを駆使し、スーパーヒーローとヴィランの現実にはあり得ない戦いを描きながら、本作がただのフィクションに終わらないのは、このリアリティなのだ。多くの大人が知っているだろう。世の中は騙し合いなのだ、正義の人などほとんどいない。正義があやふやな現代にはなおさらだ。
個人的に印象的だったのは、スパイダーマンがアイアンマンとキャプテン・アメリカの意思を継ぐシーンだ。1つ目はアイアンマンの工作システム(3Dホログラムでパーツを設計するやつ)をピーターが自在に操りオリジナル・スーツを作成するところ。もう一つはウェブ・シューターが尽きながらも即席の盾とハンマーで敵に挑むスパイダーマンだ。アイアンマンの知性と、キャプテン・アメリカの勇気をこの蜘蛛野郎は持っている(ついでにソーのパワーも持っているのかもしれない)。そのためのシーンだろう。
かつてのアベンジャーズはアイアンマンとキャップの個性と対立が物語を作った。しかしこれからは、スパイダーマンが双方の魂を受け継ぎ、新しい物語が生まれようとしている。全然どうなるのかわからないけれど、わからないこと自体に価値があるのだろう。ほんと、MUCは大胆な物語の展開で毎度驚かされる。映像もすごいが、脚本にも金をかけていることがよくわかる。
〜追記〜
もう一つ。ハッピーが「トニーは君(ピーター)のことだけは迷わなかった」というシーンがある。これ、実はすごくないか。世界を守るため疑心暗鬼の塊であったトニーに、ピーターのなにがこれほどの信頼を生むのだろうか。
僕が思うに底抜けの「人の良さ」であろう。だってスーパーパワーを得たのだ。もし自分が同じ環境に置かれたら、ほとんどの人は大暴れするか、力を隠して生きるだろう。
でもピーターは違う。「親愛なる隣人」として自らのスーパーパワーをご町内の平和の為に尽くしているのだ。この姿勢はアイアンマンがとりたくてもとれなかったものだろう。社会のしがらみが、自身の信念がそれを拒む。ヒトを、世界を疑い、だからこそ世界を守ってきたアイアンマンとはこの点でピーターは一線を画するのだ。
さて、フェーズ4だ。新しい時代が始まる。きっと波乱に満ち溢れるのだろう。でもスパイダーマンの軽口が聞こえてくるはずだ。かつてアイアンマンの軽口が聞こえてきたように。世の中はそう簡単には参ったりしない。そう信じている。