続: ぼくの一時保存

主に読書ブログ。たまに頭からはみ出したものをメモ。

朽ちる散る落ちる 森博嗣

朽ちる散る落ちる (講談社文庫)

朽ちる散る落ちる (講談社文庫)

前々作の舞台である超音波研究所には地下室があった。なぞの地下の密室で、男の死体が発見される。一方、紅子は奇妙な縁から宇宙船での皆殺し事件を知る。2つに事件の影にうっすらと見える共通点。果たして事件の真相は?

やっと手に入れたVシリーズ9作目。なぜかこの一冊がなかなか見つからず苦労した。

事件に挑むのはいつものメンバー。もはやおきまりのパターンだが、このクラシックな感じが本シリーズの持ち味でもある。ただ、ちょっと飽きた感じも否めない。

前作を読んでから間が空いたからかもしれないが、いまひとつお話に乗り切れずわくわくさせてはもらえなかった。トリックも森博嗣ファンなら気がついてしまいそう。

ちょっと楽しかったのは、過去の短編との繋がりがそこはかしこで見えたことだろうか。あとやっと「へっくん」がしゃべった。たぶん今作が初ではないだろうか。

今回の見どころは「紅子さんの母の顏」だろう。事件にへっくんが巻き込まれ、紅子さんが珍しく冷静さを失う。垣間見える新たな一面に紅子さんファンは心震わせることになる。

とはいえ、全体としてあまり切れ味を感じる作品ではなかった。次作がVシリーズラスト。こっちのほうに期待したい。

人造人間キカイダー The Novel 松岡圭祐

「人は単純かもしれない。それが生命か物体かなんて吟味する前に、ただ人の姿かたちをしているだけで、愛情を持ってしまうんだよ」(服部)

何年か前にキカイダーのリメイク映画が作られた。本作はそのノベライズである。

世界有数のロボット会社ダークは、裏で戦闘ロボットを作り軍事産業推し進めていた。ロボット工学の天才、光明寺博士は家族を人質にとられ仕方なくダークの望むロボットを作る。しかし彼は秘めた計画により、キカイダー/ジローを作り出す。そして、キカイダー/ジローとダークの因縁の戦い幕を開ける。

キカイダーは世代ではないのだけれど、なんとなく好きだった。赤と青の左右非対称なデザイン。透明な頭部。こんなにエキセントリックなのに、何故か全体として調和がとれてかっこいい。石ノ森章太郎おそるべし、と思ったものである。原作漫画もずいぶん昔に読んだ。ピノキオをベースにしつつ深すぎるテーマと、驚愕のラストで度肝を抜かれた。

さて、本作では原作の基本設定は守りつつ、まったく新しいキカイダーが描かれる。

とくに著者は、キカイダーのデザインの意味を解釈することにこだわったようだ。何故、体のデザインが左右半分で違うのか。なぜ頭が透けているのか。黄色い筋はなんなのか。ストーリーに絡めて、なるほどよくできている。

また、ロボットの生命とはなにかというテーマもよい。ロボットは死んだ(壊れた)ら消えさるのみ。明確になにも残らない。だからこそロボットは人間以上に死を恐れる、という解釈はおもしろい。ロボットものはついつい「死をも恐れぬ無敵の軍団」になりがちなところを、うまくコントロールしている。

ストーリーの大筋やバトルシーンは特にひねりはない。退屈なくらいだが、逆にキカイダーをはじめとするヒーローものの王道を描いているともいえるだろう。

石ノ森翔太郎の漫画が印象に強いので「やっぱり原作が…」と思ってしまうが、本作も悪くはない。奇をてらったりしない、いいノベライズだ。

千年女優 今敏

『今だって毎日、あの人を好きになってくんだもの!』(劇中劇にて、藤原千代子)

『パプリカ』から今敏監督に入った口なのだが、これはすごい。『パプリカ』は面白い。『ディープブルー』は凄まじい、と感じた。そしてこの作品はもう言葉にできない。

恐るべき情報量と表現力です畳み掛ける映像としてストーリー。カントクの頭はどうなってはのか。完成度が高過ぎて表現できない。

夢とも現実の世界メタファーともとれるギリギリの境界線、まさにアニメーションが描くべきものを今敏監督にしか出来ないであろう切り取り方で表現する。ふるえる一昨だった。

個人的に、宮崎駿監督の感想を聞きたい。

宮本武蔵(五) 吉川英治

 

宮本武蔵(五) (新潮文庫)

宮本武蔵(五) (新潮文庫)

 

 「では」(武蔵)

「では」(権之介)

 

物語は中盤。時代の流れに飲まれてか、武蔵も又八も、登場人物たちは江戸を目指す。まだ御新開とされ開拓が続く江戸の都。この時代の日本のフロンティアで物語はどう動いていくのか。

 

ついに又八と武蔵が再開する。共に関が原で戦った腕白坊主たちは全くちがう道を歩んだ。武蔵を光とするなら又八は影だ。あるいは又八はもうひとつの武蔵の可能性であったのかもしれない。強い光に当てられてか、又八の影はますます色濃くなっていく。誰も望んでいるわけではないのに。人の世はままならない。

 

新旧登場人物が入り乱れ、それぞれの物語が動いている。群像劇はますます複雑になっていく。先が楽しみだ。多いに盛り上がりを高めてくれる一巻であった。

宮本武蔵(四) 吉川英治

 

宮本武蔵〈4〉

宮本武蔵〈4〉

 

 武蔵は一歩退って、両手をあわせた。―しかし、その手は鰐口の綱へかけた手とは違っていた。

 

随分と間が空いてしまったが4巻を読破。吉岡一門を敵に回した武蔵に、清十郎の弟、伝七郎が果たし状を叩きつける。これを切り伏せ、ついに武蔵は吉岡一門全員と壮絶な決闘になだれ込んでいく。

 

印象的だったのは、武蔵が本阿弥光悦に誘われて遊郭で、女郎の吉野に諭されるシーンであろうか。張り詰めた糸のように自分を限界に追い込むだけでは、あまりに脆い。適度に遊びがあるからこそ、琵琶はいい音がするのだと吉野はいう。剣の道を歩むことに夢中で、他の道を顧みなかった武蔵にこれは大きな影響を与えたように思う。

 

上に引用したのは、その後吉岡勢との決闘に挑む直前、武蔵が八大神社で神に祈るシーンの最後のほうの一文だ。武蔵はその直前、無意識に神に頼ろうとした自分を恥じていた。さむらいの道を歩むなら他力を頼ることなどあってはならぬ。己の心の弱さを悔いていた。

 

しかし、一瞬、武蔵は思い直して手を合わせる。そうさせたのは、吉野の言葉ではなかっただろうか。

ブレードランナー2049 リドリー・スコット

ブレードランナーは子供の頃に金曜ロードショウか何かで観ただろうか。でもよく覚えてなかったので、この2049を観る前にTSUTAYAで借りて観た。今まで観なかったことを後悔するわけだが、それはまた別の機会に書くとしよう。

この2049は「ブレードランナー」の続編になる。前作同様リドリー・スコット監督がメガホンをとり、デストピア的SFが描かれる。まさか30年以上も感覚を開けて続編が作られると、当時の映画ファンは思ってもみなかっただろう。

映像は進化しつつも落ち着いた感じ。30年前のイメージが今も通用するあたりに当時の監督のキレッキレ具合がわかる。ちょっとエロとグロに走りがちな気がするが、その辺はエイリアンなんかを撮ってきた影響だろうか。

前作も世界観にヨーロッパの漫画アート・バンドデシネの影響が大きいようだが、本作にもその感じは強い。止め絵にしてもアートとして成立しそうなシーンがちょくちょく出てくる。アートのような背景に、登場人物が迷い込むように存在するのはおもしろい。ただ、衣装のセンスは前作止まりか、あまり進化した感じはなかった。時代設定が30年も経ってるから女の子の服装なんてもっと変わりそうだけど。いや、一周まわって戻ってると考えるべきか。

前作のラストがラストなだけに、ストーリー作りはかなり大変だと思うが、個人的にはいいと思う。多くのファンの期待に答えられるんじゃないだろうか。逆に、前作を観ていないとストーリーがよくわからないことになる。時折挟まれる印象的なシーンも「?」になってしまうだろう。

そして70を過ぎたハリソン・フォードの名演が光る。絶妙な演技で、ラストシーンなんて最高だった。ただ監督、70過ぎにはきついシーンが多くないですかね?受けるハリソンもハリソンだけど。

印象に残ったのは、デッカード警部がコンサートホールで、エルビスのCan't help falling loveをバックに戦うシーン。途切れ途切れのBGMが切ない。そして最後に「この曲が好きなんだ」という台詞を吐く。なんとも、悲しいラブストーリーである。

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ 川上和人

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

タイトルからしてぶっちゃけまくりな鳥類学者が書く本。実際の研究のあれこれから、普段の生活で思いついたくだらないネタまで好き放題書いてある。

こうかくとふざけた本のようだが、著者の幅広い知識とウィットに富む文章で、楽しく気軽に研究の世界に触れることができる。居酒屋で話でも聞いているような不思議と楽しい感覚になる。読書は人との出会いである、という人がいるがこの本はまさにそういう本だろう。

楽しく本を読み終えると、鳥類学や研究の世界になんだか興味が湧いてくる。なんだか著者にうまくやられてしまった。