続: ぼくの一時保存

主に読書ブログ。たまに頭からはみ出したものをメモ。

美人画報 安野モヨコ

美人画報 (講談社文庫)

美人画報 (講談社文庫)

安野モヨコのエッセイ。僕自身は安野モヨコって人の作品をよく知らない。この間読んだ「脂肪という名の服を着て」しか読んだことはない。あと知ってるのははエヴァの監督の嫁さんということぐらい。

さて、このエッセイでは著者が徒然なるままに美について思うことを書き綴る。美を意識することで、自分も読者も美人になれるのでは、という触れ込みだ。

メイクだ、福服だ、生活習慣だ、心のもちようだ、ととかく美人になるのは大変だ。おっさんはついていくので一苦労である。

この本を読んでわかったことは、女の子がウィンドウショッピングが好きな理由である。どうも女の子ってのは手に入れたい理想の何かをいっぱい抱えていて、それが世の中に無いかとフラフラ探し回るものらしい。ウィンドウショッピングはぼくには全く理解できない行動なのだが、それは僕の中に理想がなくお店にあるものから自分の需要に応えてくれるものを探す、というスタンスだからだろう。おっさんなりに勉強になった…だろうか。

カメラを止めるな 上田慎一郎

いろいろと話題の一作。やっと地方でも見ることができた。

全体とおして映画を楽しめる良作。アイデア自体はありがちだけど、見せ方が面白い。脚本がいいという評判はなるほどというところ。

表を整えるために裏ではドタバタ喜劇が進行する、という構図はありがちだ。三谷幸喜っぽい。しかし、多くの場合は時系列に沿って進む物語を、本作はラスト、つまり出来上がった「表」からスタートしたのがいい。またドタバタ劇の舞台としてホラー映画の撮影現場を選んだところも面白い。ホラー映画独特の妙な間や会話のおかしさを、いい感じに活かしている。

さて、ここまでなら「作りのいい映画」である。この映画がおもしろいのは、ドタバタ劇の中で本音をぶちまけていく登場人物たちだろう。理屈っぽい男優はトラブル続きの現場で理屈をふっとばして演技する、調子のいいことをいうだけの女優は、やけくそでまじの顔をみせる。クセモノ揃いの現場をまとめる監督はブチギレて言いたいことを言ってしまう。

このブチまける感じを日本人は求めているのかもしれない。SNSがやたらと進化した世の中で、みんないいたいことも言えないのだ。ポイズン。うかつな発言をすれば、あまつさえ文字に残せば、誰かが拡散し、どこかのだれかが文句をつける。世の中の全ての人が納得することなどまずないのだ。みんな抑え込んで生きている。

映画の登場人物は、みんな作中の映画の中でブチまける。現実では無理でも、映画の世界で、演技の中ならブチまけられる。それに爽快感を覚える人が多いのだと思う。

また映画作りの現場のおもしろさを感じられるのもいい。最近の映画は、特にハリウッドで顕著だが、映画を撮影している現場が想像できないものがおおい。CGなんかが進化しすぎて、もう俳優もいらないんじゃないかと思う。マーベル映画とか、やろうと思えばCGだけで作れるんじゃないだろうか。もちろん、それはそれで面白いのだが。どうやって映像を作るのか、8mm片手にあくせく奮闘している姿っていうのもいいと思う。映画って、もともとこういうもんなんだっていう、原点にたち帰るのもいいんじゃないだろうか。

陰陽師 天鼓の巻 夢枕獏

陰陽師―天鼓ノ巻 (文春文庫)

陰陽師―天鼓ノ巻 (文春文庫)

「飲め、博雅。今宵は、生涯に二度とあることのない夜ぞ」(晴明)

シリーズ第10作ぐらいか?いっぱいありすぎてよくわからなくなってきた。相変わらずの晴明&博雅コンビが深い平安の夜の闇のなか、奇々怪界な事件に出くわしていく。

個人的には霹靂神(はたたがみ)の一編がよかった。この一編では事件らしい事件はないのだが、逆にそれがいい。平安の闇の中にもおもしろきもの、楽しきものが存在する。いつもと少し違う切り口が面白かった。

世界を変えた10冊の本 池上彰



しかし、本にはとてつもない強さがあることも事実です。一冊の本の存在が、世界を動かし、世界史を作り上げたことが、たびたびあるからです。(著者)

さすが池上彰。わかりやすくコンパクトに、かつしっかりと重要性を持って、名著を紹介する。すばらしいプレゼンを見ているかのようで、スラスラ読める。この本自体も素晴らしい一冊だ。

登場する10冊は以下のもの。

アンネの日記
聖書
コーラン
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
資本論
イスラーム原理主義の「道しるべ」
沈黙の春
種の起源
雇用、利子および貨幣の一般理論
資本主義と自由

改めてみると、宗教に関わる本や経済論が多い。あとは科学関係の本も少し。少なくとも20世紀に世界を動かしたのはこういうものなのだろう。21世紀はどうだろうか?

少女キネマ 一肇

ずっと、暗闇におりました(プロローグ、第1行)
2浪の果てに中堅大学へ入学した十倉和成。かつてのキネマ研究部のボロ下宿で無為な日々を過ごす彼のもとに、天井裏から清楚な女子高生・さちが舞い降りてきた。果たしてこの出会いはどうなるのか。

よくまとまったストーリー。登場人物も分かりやすく楽しいキャラクターだ。お手本のような青春小説。そして十倉と、その友人にまつわるミステリが話を引っ張る。

森見登美彦の「夜は短し~」と同じ匂いを感じた。個人的にはとても好きなジャンルである。

全部読み終わったあと、もう一度プロローグに戻るといい。全てが繋がって、すごくいい余韻に浸れた。

機動警察パトレイバー2 the Movie  押井守

 

機動警察パトレイバー2 the Movie [Blu-ray]

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 「戦争でもするつもりかねぇ」(後藤隊長

「戦争ならとっくに始まってるさ。あとはどう落とし前をつけるか、だ」(荒川)

 

数々の事件から時はたち、特車二課のメンバーも散り散りに新たな職場で働いていた。しばらくは平和な日々が続くと思われたが、ある日ベイブリッジが爆破される。しかも、爆破したのは自衛隊の戦闘機。一体何が起きているのか。東京を舞台に戦争が起こってしまうのか。

 

むかし何度か観たが、ふと見直したくなって借りてきた。

 

個人的には押井守監督といえばこれかGhost in the Shellのどちらかという感じ。このパトレイバーのほうが、主役のいない(いや、一応いるのだが)群像劇という感じがして良い。チームとしての戦いではなく、それぞれが自分にできることをしていく。おかれた状況のなかで、それぞれのキャラクターが生きている、という感じがする。

 

とはいえ、旧特車二課のメンバーが幻の新橋駅に集合し、後藤隊長の命令を受けるシーンはかっこいい。しびれる。とくに後藤隊長の「邪魔するものは、実力でこれを排除しろ」という言葉が、メンバーへの信頼を表していていい。なんだかんだで、かっこいい映画なのだ。ホント。

古くて豊かなイギリスの家 便利で貧しい日本の家 井形慶子

古くて豊かなイギリスの家 便利で貧しい日本の家 (新潮文庫)

古くて豊かなイギリスの家 便利で貧しい日本の家 (新潮文庫)

日本の家はこのままでいいのか(はじめに、の表題)

イギリスかぶれが英国の家を褒めちぎり、日本の家をこきおろす一冊。はじめの100ページほどで読むのをやめた。自分の国にダメ出ししているヒトをみるのは、なんとなく恥ずかしいものだ。

建築はその地方地方のカルチャー(文化、というよりは生育環境という意味で)に大きく影響される。欧州では古来より石の建築が発達した。材料として豊富な石材があり、地震などの災害も少ないためだろう。石の建築は丈夫だ。パルテノン神殿だって、壊れてはいるが今もなお建っている。だから、欧州では家は永くあるものと認識されているのだ。部分的に修繕を加えていけば、人間の寿命からすれば永遠のような時間を家は耐える。そして、永くあるものを作る上ではその影響を深く考えてプランを練るのが当然だ。

一方、日本では木の建築が発達した。国土の大半が山で木材には困らない。地震が多い本邦では石の建築は崩れて危険だ。木の建築は脆い。地震雷火事親父、台風一過で更地に帰る。だから、日本では家は壊れるものなのだ。そう遠くないうちに壊れるだから、あまり深く考えてつくらない。周辺の景観への配慮などあるはずがない。その周辺の景観の方が先に変わってしまうかもしれない。日本の家はどこまでいっても仮宿なのだ。

もちろん西洋文化流入で、日本の建築も丈夫になった。地震には耐えられないが、台風ぐらいならよほど直撃を食わない限りは大丈夫だろう。だが、人々の意識のはまだ変わっていないと思う。日本全国に多数ある空き家がそれを物語っていると思う。「ほっといてもそのうち崩れて自然に変えるだろう」という意識が家主にはあるのだ。まさか自分が死んでも家だけ残っていると持ち主は思っていないのだろう。

西洋文化に憧れるのはいいが、上っ面だけ真似してもいつまで経っても追いつかない。自分自身の足元見つめることも必要だ。