続: ぼくの一時保存

主に読書ブログ。たまに頭からはみ出したものをメモ。

エロ事師たち 野坂昭如

エロ事師たち (新潮文庫)

エロ事師たち (新潮文庫)

エロを生業に世間の裏を渡り歩くスブやん一味の暮らしを描く問題作。

裏稼業を扱うとはいえ、描かれるのはヒトの暮らしである。ドタバタ劇やミステリ要素は特にない。それでもこの作品が人を惹きつけるのは、妙に生々しい人間の暮らしがそこに描かれているからだろう。この作者の淡々とした描写は、意外にも生々しさを増す効果があるようだ。

世の中に背く生業であったとしても、人はそこで生きていくしかないこともある。逃げ出したくても、そうできないこともある。そんな生きることの哀しさが作品全体に滲み出る。用意周到に、時には大胆に、エロ事師たちは世の中で生きていく。

一方で、エロ事師たちは己が仕事に矜持を持ち、エロ道とでもいうべきものを追求していく。この辺り、職に貴賎なしということか。いや、人は己を肯定せねば生きていけないということか。

人間には表も裏もある。生きていくということは綺麗事で済まないこともある。この本は、そんな生きていく人間を必死に描く一冊である。

「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる「繊細さん」の本 武田友紀

人にはそれぞれ個性がある。その1つとしてアメリカの心理学者エレイン・アーロン博士が提案したのが Highly sensitive person (HSP) という性質である。ようは「敏感すぎる」という性質で、エレイン博士によればHSPの人は5人に1人ぐらいの割合なんだとか。本書では、HSPの人を「繊細さん」とし、繊細さんが自身の性質を理解し、生きる苦痛を和らげるためのアドバイス書き記されている。

僕自身はこの本を読みながら「自分も繊細さんの性質があるな」と思った。繊細さんにも程度はいろいろあると思うが、たぶん僕自身は軽いほうの繊細さんなのだろう。改めて文章で示されると自分の一面がはっきりするように感じた。

本書にあるアドバイスは繊細さんが見落としがちな価値観のズレを直してくれる。繊細な人間はマイナーで、そうでない人間とは感覚を共有することが難しいのだ。同じ人間なのだから、お互いに分かり合えるという幻想に繊細さんは陥っているのかもしれない。「みんな違って、みんな良い」という考えもあるのだ。では、それぞれがどう対処すれば良いのか。それを考えるほうが現実に即している。

とはいえこの本のアドバイスには批判的なところはない。著者自身も「繊細さん」であるからだろう。違いを認め、その上でそれを生かし、気持ちよく生きる術がまとめられている。非常に読みやすく、前向きな気持ちになれる本だ。

人間関係を中心に日々ストレスが溜まっている人は繊細さんなのかもしれない。一度この本を読んでみてはいかがだろうか。

その悩み、哲学者がすでに答えを出しています 小林晶平

その悩み、哲学者がすでに答えを出しています

その悩み、哲学者がすでに答えを出しています

様々な「悩み」に古今東西の哲学者の思想を持って答えていく一冊。一章ずつは非常にコンパクトでわかりやすい。哲学に実践という感覚が非常によくわかる。

個々の章も面白いが、全体を通して哲学というものを考えることもできる。むしろそこが面白い。

ぼくは多くの哲学者の思想の中に「すべてのものは変わっていくし、その変化は自分ではどうにもできない」とベースがあるように感じた。その中で、「ではどう生きていくのか」という問いにはいくつもの答えがある。まだ人類の歴史の中にその最適解は生まれていないだろう。きっと僕たちは自分の答えを探しながら生きている。その意味ですべての人間は哲学者であり、哲学するとは生きることと同義であると思われるのだ。

こどものダンテ 神曲物語 蘆谷蘆村

こどものダンテ 神曲物語 (国立図書館コレクション)

こどものダンテ 神曲物語 (国立図書館コレクション)

大正14年に販売された「ダンテの神曲」をlこども向けに訳した一冊。非常にわかりやすく、神曲の内容を味わえる。キリスト教の世界観を学ぶのに最適な一冊ではなかろうか。

しかし、この本とても現代の視点からはこども向けに見えない。社会の成熟、進歩に伴って、子供の成長は遅くなる。同じ年でも昔と今では精神の成熟度は全く違うのだろう。今の中学生はおろか、大学生でもこの本を読む人は少ないだろう。かくいう自分もおっさんなのでなんとも言えないが。

またダンテが天国で出会う聖人の中に「近頃の世に中はダメだ。わしらが生きていた頃は…」というようなことを言うやつがいるのには驚いた。いつの世も、何処の世も、年寄りの目からすれば若い奴はダメなのだ。もっとも、ピラミッドに壁画にも同じ文言があるらしいのだが。

夢をかなえるゾウ 水野敬也

夢をかなえるゾウ

夢をかなえるゾウ

「もし自分が変われるとしたら、行動して、経験した時や。そん時だけやで」(ガネーシャ)

Kindleを買いました。今さら感はいろいろあるけど、とにかくこの一冊を読んだ。

電子書籍の便利さに驚いたり、kindleのありがたさに気づいたり。そしてこのいっさつは「中高生のドラえもん」だと思った。

もちろんパロディにもなっているのだけれど、謎の神様ガネーシャが、ダメな主人公を成功者へ導くべく課題を課していく。結局ガネーシャがダメなところなど、ドラえもんっぽい。ちがいはえ、何だかんだ主人公が絵成長していくところと、現実の人びとを引用することだろうか。

とかく読みやすい本ではあるので、中高生は読んでみて欲しい。20歳超えたら、ちょっと躊躇してもいいだろう。読むべき本は他にも多々ある。いまさらである。つまり、この本は教訓を含むエンタテインメントである。その意味では、良質な漫画と変わらないだろう。

読書の価値 森博嗣

読書の価値 (NHK出版新書 547)

読書の価値 (NHK出版新書 547)

この人は実に理路整然としている。書き手としても、読者としてもそうだ。

本を読むという行為が好きな人は多いだろう。ただ、本を読むことが自分にどのように影響するか、あるいは本を読むことにどのような意味を見出すか、ということを冷静に考えたことのある人は少ないのではないだろうか。

昔、落語家の立川談志は「その本を読む必要があるかどうか判断する力が教養である」と言っていた。なるほど、そうだと思う。だから教養を身につけるためには本を読むこと、すなわち読書について、その意義や価値を整理しなくてはいけない。本書はその一助になると思われる。

百器徒然袋 雨 京極夏彦

文庫版 百器徒然袋 雨 (講談社文庫)

文庫版 百器徒然袋 雨 (講談社文庫)

「ぼくが仕切るぞ!」(榎木津礼二郎)

京極堂シリーズの脇を固める名脇役、探偵の榎木津礼二郎を主役に据えたシリーズ第1作。相変わらずのレンガ本だが中編が3つ入ってるので比較的絵読みやすい。

探偵ものらしく探偵社に悩みを抱えた依頼人が訪れるところから物語は始まるが、相変わらず榎木津はまともな探偵はしない。彼はただ視るだけなのだ。人の記憶を覗き見る。京極堂シリーズでは奇怪なヒントを与えてくれるこの榎木津の能力だが、このシリーズでは事件解決の鍵となる。

榎木津の能力頼りということもあり、謎解き要素は少々薄れるが、そのかわりキャラクターが大暴れする。物静かな恐怖が漂う京極堂シリーズとは対照的である。同じキャラクターと世界観をもってしても、主役次第でずいぶん雰囲気が変わるものだ。こっちの方が好きな人もいるのかもしれない。