続: ぼくの一時保存

主に読書ブログ。たまに頭からはみ出したものをメモ。

犬 中勘助

犬―他一篇 (岩波文庫)

犬―他一篇 (岩波文庫)

「水臭いではないかえ。わしがこれほど思うておるのにそなたは少しも報いてはくれぬ」(僧)

苦行を続ける僧はある日近所の娘に惚れてしまう。彼女を手に入れるため、彼は呪術で自身と娘の体を犬に変えてしまう。かくして畜生の肉欲に溺れる生活が始まるのであった。

人間の欲の愚かさを描く作品。直接的ではないにしてもなかなかグロいシーンが続く。恋愛の狂気とでもいうところを強調して紡がれるストーリーはホラー作品といっても過言ではない。

僧の愚かさは肉欲に溺れたことだけではない。上に引用したように、愛情に見返りを求めたことにある。愛情はgive and takeではない。give and giveである。結果としては同じかもしれないが、過程が違う。愛したから愛されて当然などとは勘違いも甚だしい。

愚かなのは僧だけではない。最青年軍師は武力と酒の力で無理やり娘を犯す。力に呑まれた人間を象徴している。一方で、娘はそんな青年に会いたいと願う。子供を宿したが故の本能か、あるいは妄念か。見ず知らずの男、しかも自分を凌辱した男に心とらわれる。一見、被害者のように見えて其の実一番の狂気に呑まれているのは彼女ではあるまいか。

人間だって畜生である。その上に理性の衣を纏っているだけに過ぎない。ただ、その衣こそが人間を人間たらしめている。救いようの無いラストも当然なのだろう。本作の登場人物は、早い段階で理性の衣を脱ぎ捨てているのだから。