銀の匙 中勘助
あわれな人よ。なにかの縁あって地獄の道連れとなったこの人を にいさん と呼ぶように、子供の憧憬が空をめぐる冷たい石を お星さん と呼ぶのがそんなに悪いことであったろうか。
作者の自伝的小説。幼少年期の不思議と感動にあふれた毎日を、作者独特の清らかで美しい文体で描きだす。日本の純文学はまさにここにあり、という感じだ。
主人公は頭も体も弱い。今でいうところのヘタレである。しかし、熱心に面倒をみてくれる「おばさん」のおかげもあって、少しずつ他人と関わり成長していく。読み手は、時に子供達の視点から、またある時は子供を見守る大人の目線から物語を追うことになる。この2つを併せ持つことは大変難しいことなのに、作者はいとも容易く成し遂げ、さらに読み手を共感させてくれる。
なによりも物語全体を貫くのは主人公「私」と育ての親である「おばさん」の絆である。おばさんはその全てを捧げて私を愛し、私を生きる目的としている。この辺り、坊ちゃんのキヨによく似ている。私を深く理解し、私の成長を喜ぶ。自分のことなどうっちゃって、私を心配する。それでいて、私の方はそっけなく、淡々としている。親の心子知らず、とはこのことか。いや、わかっていても子にはどう返せばいいのかわからないのである。また、親も返して欲しいわけでもないのだ。
清流のような文体に乗せて、愛情が爽やかに描かれていく。心静かな時間を楽しみたい人にオススメの一冊だ。