続: ぼくの一時保存

主に読書ブログ。たまに頭からはみ出したものをメモ。

土井善晴の素材のレシピ 土井善晴

 

土井善晴の素材のレシピ

土井善晴の素材のレシピ

 

 

「忙しくてもお料理することは良いことです」(著者)

 

レシピ本。私生活で色々あって自炊をちゃんとしようと思ってこの本を買った。とにかく、一日一品何か作ることにしている。その他はお惣菜とかだけど、せめて一品ぐらい一人暮らしのおっさんだって作るのだ。

 

そんな料理下手の僕にこの本はちょうど良かった。

 

食材ごとに1ページに4つの料理がまとまっている。非常にシンプル。そして限られたスペースに材料から作り方まで書いてある。しかもスペースの半分は料理の写真だ。つまり、非常に簡単なものしか載ってない。

 

カバンにこの本を入れて、スーパーへ向かう車の中でパラパラとめくって今日の一品を決める。調理には30分もかからない。全く自炊しておらず機能してなかった台所に、少しずつ調味料が増えてきた。

 

個人的には「ゆでもやしの肉味噌がけ」がとてもいい。簡単だし美味しい。栄養的にもいいらしく、コレを週1ぐらいで食べてると体の調子が良い。

 

下手な教則本よりも、この本を見ながらあれこれ作ってみるだけで料理の基礎みたいなものは身につくかもしれない。習うより慣れよ、である。一人暮らしの大学生にお勧めしたい。

熱帯 森見登美彦

 

熱帯

熱帯

 

 「生き延びることが大切だよ、佐山くん」

「なんとしても生き延びることだ」(栄造氏)

 

森見登美彦渾身の怪作。

 

物語は誰も結末を知らぬ謎の小説「熱帯」を巡り始まる。熱帯の物語を追う中で、語り手は入れ替わり、物語の中に物語が生まれていく。幾重にも重なる入れ子構造の中で、読者は幻惑の世界に誘われていく。

 

どちらかというと「きつねのはなし」や「宵山万華鏡」のような作者独特のホラーとファンタジーの入り混じる小説。物語にはなんども千夜一夜物語が例に挙げられ、この物語も同じように入れ子構造であることが示唆される。

 

この小説の目指すところはやはり「胡蝶の夢」なのではあるまいか。現実と虚構。その境界線とはなんなのか。はたまた境界線など存在しないのではなないか。現実に生きる我々は向こう側へ到達することはないのだろうか。「創作」をするものにはいつもこのテーマがつきまとう。軽快な作風を得意とする森見登美彦も例外ではないのだ。

 

その他、細かいネタが色々あるが、作者の小説家としての体験のようなものが滲み出てくるところが面白い。小説そのものを楽しみつつ、作者の生活が垣間見えるようだ。

勝つために戦え! 監督稼業めった斬り 押井守

映画監督、押井守古今東西の映画監督の仕事をぶった切る。そもそも映画とは何か?監督のするべき仕事とは何か?監督としての勝利とはなんなのか?そんなことにも触れながら、映画監督の世界を垣間見ることのできる一冊。

映画監督は自分の名前に全責任を置いて、とんでもなく金のかかる大仕事をする。ある意味アスリートのような、ギャンブラーのような、実に特殊な仕事だ。そんな中で生き抜くためには「負けないこと」が重要なように思われる。あとはどこかで受け入れられるオリジナリティの確立であろうか。自分の作りたい映画をなんでも作れるわけではないのだ。当たり前だけど

映画監督は特殊な職業ではあえうが、この本で押井監督が語る仕事の勝敗論は、業種によっては参考になるかもしれない。特にもの作りを仕事とする人には感じるものがあるように思う。

光圀伝 冲方丁

 

光圀伝

光圀伝

 

 

書は、如在である(明窓浄机より)

 

 冲方丁が描く歴史もの。黄門様でおなじみ水戸光圀をと彼が生きた時代を描く。戦乱の世が終わり、徳川幕府が国を治める泰平の時代が幕を開ける。文武に才能余りある光圀はいつか己の大義を見出し、そして文治の世を目指し熱く生きる。

 どうも「マルドゥック・スクランブル」のイメージがあるので冲方丁はこんな歴史物もかけるのかとびっくりする。でも、本書にも出てくる安井算哲を主役に据えた「天地明察」も書いているし、不思議なことではないのかも。ついでに調べてると「12人の死にたい子供」も冲方丁の小説であった。なんでも書けるな、この人は。

 読みやすい文体でサクサク読める。歴史物だと変に古い言葉に拘ったりして読みづらいこともあるのだけれど、現代の言葉に置き換えてくれているですんなりと物語に入り込める。ちょっとうろ覚えだが光圀の感想に「ウザい」という表現が使われていて、攻めてるなーと思ったり。

 ぼくは歴史に疎いので、この物語がどこまで史実に忠実なのかわからないが、それでも当時の時代の風を感じることができたと思う。時代のうねりの中で人は皆自分の人生を生きている。大名だってのほほんと生きているわけではない。いや、大名だからこそのほほんとしていられないのか。江戸時代の大名はある意味将軍に仕え藩の民を牽引する中間管理職だ。

 本書のテーマの一つは「義に生きる」ということであった。光圀は兄から藩主の座を奪ったことに苦しみ、兄の息子を次の藩主とすることに義を見出す。こういう感覚はもはや現代には失われていると思うのだが、改めて思うと日本人らしいなのかもしれない。儒教の教えに始まり、日本国内で独自に醸造された感覚だ。

 本書の中でも光圀は日本人のルーツを考え、葬式を儒式で行う話が出てくる。仏教式の葬式が当たり前の世の中で、儒式に則った葬式を行うのは多くの困難があったようだ。

 現代の僕たちはどうだろうか。国際化が進み、多様化し、変わっていく世の中だが、無闇矢鱈に新しいものに飛びついてはいないか。むしろ世界に飛び出していく中で、自分の足元にあるものがなんなのか、それを知らないままになっている気がする。自分たちがどこから来て、どこへいくのか。そんな目線が必要だと感じた。

華岡青洲の妻

華岡青洲の妻 (新潮文庫)

華岡青洲の妻 (新潮文庫)

世界初の麻酔を使った外科手術を行った、日本が誇る医の巨人、華岡青洲。その妻なった人物を中心とした小説。麻酔開発の実験台に己の身体を使ってくれと夫に願い出る。果たしてその理由とは。

タイトルは「妻」だが実際の中身は嫁姑問題を中心に描かれる。いつの時代もこればっかりはどうしようもないものか。しかし、時代に名を残す偉人の周りでは、嫁姑問題も得意な形で進行する。

「家」という概念のあり方にも作中では丁寧に触れられている。現代の「個人」を中心とした世の中の捉え方と違い、華岡青洲の時代には個人は「家」のパーツであった。個人の浮き沈みよりも家の盛衰が大事であった。偉人は「家」が生み出すものだったともいえる。偉人を生み出すからには家の雰囲気も独特である。世の中から切り離されているわけではないが、浮世離れしている。かつての「家」の雰囲気をよく感じられる一冊だった。

歌丸ばなし 桂歌丸

 

歌丸ばなし

歌丸ばなし

 

 

落語界の巨匠桂歌丸師匠の噺を納めた一冊。歌丸師匠の言葉をそっくりそのまま文字に起こしてあるので、落語を聞いているような気分で読むことができる。もっとも身振り手振りや客の反応はわからないので、ちょっと物足りない感じはあるが。

 

収録されているものはメジャーな噺で落語初心者にもおすすめしやすい。コンパクトな噺に仕上げてあるのでちょっとした時間で読める。落語の雰囲気を味わってみたい人にオススメの一冊。

邪魅の雫 京極夏彦

 

文庫版 邪魅の雫 (講談社文庫)

文庫版 邪魅の雫 (講談社文庫)

 

 

京極堂シリーズ代9弾。相変わらず熱い…いや、分厚い一冊にファンは安心するだろう。文庫本で1300ページである。講談社はもしかして重さで原稿料を支払っているんじゃなかろうか。いや、ページ毎でも同じだけど。文字数ではない気がする。いや、そんなことはどうでもいい。

 

本作のトリックはミステリとしてはありきたりである。誤認というかいわゆる「信頼できない語り部」である。それはミステリ慣れした人であればどこかで気づくものだろう。僕も大体半分ぐらいのところでなんとなく筋書きは読めた。いや、精々70パーセントぐらいなのだが。

 

というわけでトリックが読めてもなお、その先があるのが京極夏彦のすごいところだ。つまるところ、誤認であり、間違いであり、勘違いが事件を複雑化させている。そして物語が誰かの口から語られる以上、すべての物語は語り部の主観を逃れられないのだ。

 

この作品のすごいところは、このありきたりなトリックを何重にも仕掛けて見せたところであろう。Aの勘違いと、Bの勘違いと、Cの勘違いはそれぞれ違うのだ。でも結局それが噛み合って、物語を作る大きな勘違いの連鎖を形成している。そして、作者はコレを実にうまいことそれぞれの視点で描くのだ。その断片から、読者は違和感を覚えても、それをうまく言語化できない。「絶妙な誤差」がそこにある。

 

この辺りは作者の得意とする、あるいは関心の強いところなのであろう。処女作である姑獲鳥の夏からしてその要素は顕著であった。もちろん、ここまで複雑ではなかったが。そしてこれまでの作品全知を通して著者のテーマと思われるものが「個人の認知」である。人はそれぞれ身の回りの情報を取得し、噛み砕き、認識している。それは共通しているようで実に個人的な事象なのだ。だから、人が集まればそこには当然のように認知のずれが生じるし、埋まらぬギャップは超常の現象として認識される。そのギャップの刹那的な解決策の1つが怪異であり妖怪なのである。本作は「個人の認知」というテーマをぐっと押し広げた著者の実験的作品と言えるだろう。