続: ぼくの一時保存

主に読書ブログ。たまに頭からはみ出したものをメモ。

もう内向型は組織で働かなくていい

内向型の人間へのアドバイス本。

自己診断本とでもいうか、自分のことを改めて見直すのによいかもしれない。

自分の性格と仕事に折り合いがついてない人は読んでみるといいかも。

恥知らずのパープルヘイズ 上遠野浩平

 

 

一昔前にジャンプが押しまくったジョジョのノベライズシリーズの1つ。

 

ジョジョ5部の少し後のこと。ブチャラティの元を離れたフーゴの所へ、今や組織の幹部となったミスタが現れる。それは組織のボスとなったジョルノからの指令であった。かつての仲間からの信頼を取り戻すため、フーゴは与えられたチームとともに、指令”麻薬チーム潰し”に動き出す。

 

作者がジョジョが好きなんだな、ということが伝わる一冊。細かいセリフとか、設定とかのこだわりにそれが垣間見える。

 

とにかく設定は面白い。個人的には「群体型スタンドの持ち主は心の一部に欠落がある」という設定が良かった。なるほど、という感じ。重ちーとかリゾットも確かにそんな感じだもんなあ。

 

しかし、設定はよくできているけど、物語の走り方にいまひとつ乗れず。作者の愛に圧倒されて物語に落ち着いて取り組めなかったというのも一つの要因かもしれない。

 

 

彼女はひとりで歩くのか 森博嗣

 

 

少し未来の日本。独立歩行者(ウォーカロン:Walk alone)が普及した時代。クリーンな細胞でから作られた人間に限りなく近い人工生命体であるウォーカロンは世界的な人口減少に対して一つの切り札であったのだ。一方、人工的に作られるクリーンな細胞は人間から寿命という概念を消し去った。身体のパーツを人工のクリーンな組織・臓器に交換しながら、理論上ヒトは死ぬことがなくなった。その一方、なぜかヒトの生殖能力は失われていった。主人公・ハギリは研究者。なぜか何者かに命を狙われることになった彼は、少しずつ世界の謎に迫っていく。

 

森博嗣版「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」といったところ。いや、僕は「アンドロイドは〜」をちゃんと読んだことはないんだけれど。映画「ブレードランナー」は観たので(そして名作だと思っているので)そっちのイメージが強い。

 

人工的に作られた何かが、人間と区別するのが困難になる時代。つまり、人間が人間(に限りなく近いもの)を作る時代はいつかきっと来るのだろう。人間は進歩することを止められないからだ。そして、その時代が1つのエポックになるのだろう。人間にとって大きな変化がもたらされる時である。それでも人間は生きていなかなくてはならない。一体何が起こるのか。SF好きならどうしても無視できないテーマだろう。

 

このテーマと切り離せないのが「人間とは何か」である。しかし、その疑問に取り組みつつ、この本ではその時代や社会情勢が断片的に掘り下げられるのが面白い。どんな思想があって、どんな集団がいて、その背景には何があるのか。あるいは些細な日常にも僕らの時代の現実から進歩した(あるいはただ変化した)ものがあるのか。

 

きっと30年後ぐらいには映画化されていると思う。多分ハリウッドで。下手に日本人監督が手をつけなければ、だが。きっといい映画になると思う。僕はそう願っている。

サブカルで食う 大槻ケンヂ

 

 

なんだかんだ言って、オーケンも「成功した人」なんだと思った一冊。デビューから最近のあれこれまで、オープンに書いてくれている。

 

じゃ、これを読んでサブカルで食っていけるかというと全くそんなことはない。その生き方には相応の覚悟が必要だし、オーケンも多分尋常ではない努力をしている。

 

つまり、「夢見てんじゃねーよ、バーカ」としっかりサブカルも現実の一側面であることを突きつける本なのだ。

 

「就職せず、好きなことだけやって生きていく」とは聞こえがいいが、実際は「安定した就職はできず、自分の好きなことさえ仕事の出汁として利用される」ということなのだ。そこで生きていけるのは一線を超えた人だけだ。そして一線を超えた人はその自覚がないのだ。それを人は才能というのだろう。

 

夢見がちな友達にオススメしてほしい一冊。この本を読んでも友達の夢が止まらならければ、諦めて友人の船出を見送ろう。その友は成し遂げるかもしれない。あるいはボロボロになって戻ってくるかもしれない。あなたの役割は、いずれの場合も友人をこれまでと同じように受け入れてあげることなのだ。

地球へ… 竹宮英子

はるか未来。人類は巨大コンピュータ・グレートマザーのもと統制された生活を送っていた。一方、人類の中にはエスパー能力に目覚めるミュウが生まれ始めていた。彼らは迫害され、人類の敵として地球を追い出されていた。ミュウたちは地球(テラ)への憧れをもち、故郷への帰還を目指しソルジャー・ブルーのもと戦いを始める。そんな彼らのもとについに現れる完全なミュウ・ジェミー。ソルジャーの後継者が現れたことで、人類とミュウの戦いは大きく動き始める。

壮大なSFであり地球を中心としたスペースオペラ。しかしそれでいてキャラクターの内面を深く描くと言うすごい漫画作品。のめり込むように読めた。宇宙とキャラクターが交錯するような美麗な絵もグッとくる。

人類から生まれた人類以上のものであるミュウ。いつかは現実にもそんな存在が現れるのかもしれない。そこに妙なリアリティを感じる。一読しただけでは読み取りきれないところが多々ある。きっと何度も読み返すと、見えてくるものがあるのだろう。

月は無慈悲な夜の女王 ロバート・A・ハインライン

 

月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 1748)

月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 1748)

 

 

There ain't no such thing as a free lunch.

 

ハインラインによる本格SF。遠い未来、月は地球からの罪人が送られる監獄惑星となっていた。長い年月の中で月には独自の文明が発達し、地球文明は月の人民を制御し、穀物を搾取していた。進化したコンピュータ(電算機)は今や都市の中枢をコントロールし、度重なるハード増設の結果、月のメインコンピュータは自我を持つに至った。しがない技師のマニーは、ある時コンピュータ・マイクの自我に気づく。それは月社会が自らの権利を求める革命へ繋がっていく運命の出会いであった。

 

驚くべきはこれが1966年に発行された小説であるということだろう。今尚、この小説の描く未来は”未来”である。そしてそれは”有り得る未来”であるのだ。今から50年以上前に、ここまで未来を鋭く察せる作家が居たことにまずは驚くしかない。

 

この作品は、作品の世界が過去になるまで、燦然とSF界に輝き続けるのであろう。そして時代ごとに読み手の興味も変わっていくはずだ。

 

現代を生きる僕は、AIやディープラーニングが話題の昨今、自我を獲得した機械・マイクに興味を持たざるを得なかった。人工知能が目指すところは、驚異の計算能力でも、博覧強記の記憶力でも、完璧に論理化された思考回路でもない。それらに基づく”意思”なのだ。

 

機械が自ら意思決定を行う時、人間はその莫大な力を頼り、同時に怯えることになるのかもしれない。自我持つ機械は世界の光にも闇にもなる。本作は恐るべきリアリティでAIの力を描いた類い稀なる作品なのである。

新竹取物語 1000年女王  松本零士

 

新竹取物語 1000年女王 大合本 全5巻収録

新竹取物語 1000年女王 大合本 全5巻収録

 

 

子供の頃、テレビで見た銀河鉄道999はなぜか僕の心の中にずっと残っている。特別ストーリーを覚えている訳ではないが、壮大な世界観と、その無限の宇宙を旅する少年に心惹かれたのかもしれない。

 

さて、本作はそんな999のラスボス・プロメシュームの物語である。

 

相変わらず壮大なスケールで、惑星ラーメタルと地球の1000年に一度の闘いが始まる。プロメシュームはラーメタル人。地球を導く1000年女王あった。長い年月の中で地球人と心通わせることができるようになっていた彼女は、自分の星を裏切り、地球人たちを救うべく行動を始めるのだった。主人公・雨森始はそんな騒動に巻き込まれていく。

 

てっきり機械帝国の女王としてのプロメシューム誕生の物語かと思っていたが、全然そんなことはなかった。ただ、プロメシュームもかつては地球に住み、人の心を理解できる存在であったことが示される。

 

結局、彼女を機械の女王にしたものはなんだったのだろう。この作品も松本零士先生の中にある膨大な宇宙の歴史の一コマにすぎない。作品にない部分は想像してみるしかない。そして松本零士作品はその想像を楽しむことができるように作られている。非常に面白く、そして現代ではマネできない作品作りである。